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プロジェクトK~ケニア紅茶輸入物語(最終話)

「あの番組の終わりにかかる歌がまた好きでしてね。そう、中島みゆきの歌でしたかね。詞がとてもいいんです。今まで来た道をしみじみと振り返り、そしてこれからも自分の道をずっと進んでいく、という歌です。」
「ええっと、確か『ヘッドライト・テールライト』、でしたよね。」
「そう、それです!私もね、いくつになっても体が動く限り、何にでもずっと挑戦していきたいと思っているんですよ。もっともワイフからはもういい加減にしておきなさい、とよく叱られてますけどね。わっはっはっ。」
竹中はとても楽しそうに笑った。只野もその歌を知っていた。そしてその詞を思い出した。

「語り継ぐ 人もなく 吹きすさぶ風の中へ
紛れ散らばる 星の名は 忘れられても
足跡は 降る雨と 降る時の中へ消えて
称える歌は 英雄のために過ぎても
行く先を 照らすのは まだ咲かぬ 見果てぬ夢
はるか後ろを照らすのは あどけない夢
ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない」  

これからどんな道を歩んでいくことだろう、と只野も遠く夜景を見た。とてもきれいだった。今日のこのシーンはずっと忘れられないだろう、と只野は思った。(完)

(*この物語はフィクションです。今までおつきあい下さりありがとうございました。)
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プロジェクトK~ケニア紅茶物語(第50話)

「わっはっはっ。いやいや、只野さん一人でするのではありません。また決して一人でできるものじゃありません。仲間をつくるのです。物事を為すということは、いい仲間づくりをするということです。私もこれまでずっとそれでやってきました。いろいろありましたけどね。わっはっはっ。」
竹中はとても愉快そうに笑った。そして話を続けた。

「おかげさまで私も多くの仲間に恵まれました。今でも海外に身ひとつで行っても泊めてくれる友人が多くいます。お金はなくともこれが財産ですね。仕事をするということは友人をつくる、ということかもしれませんね。」
竹中は、小さなグラスでビールを美味しそうに飲み干した。

そうだ、と只野は思った。ケニア紅茶とのひょんな縁から多くの人と出会えた。通常の仕事だけだったら決して出会うことのない人たちばかりだった。それは財産と言えるかもしれない、と思った。

「私はね、NHKの『プロジェクX』という番組が大好きなんですよ。『一人の男がいた』というフレーズで始まるんですよね。突拍子もないこと言い出して人からアホ呼ばわりされるんですが、仲間が一人一人と出来てくるんですね。あの時代はみんなガムシャラで大変したけれど、それなりに結構楽しくて夢がありましたね。」
竹中は遠く夜景を見つめた。

只野は聞いたことがある。竹中が若い頃、この東京で鬼軍曹と呼ばれ多くの海外商社を相手に丁々発止と、八面六臂の活躍をしていたらしいことを。今はもうその面影もなかった。ちょうど陽のよくあたる場所に腰をかけ、さわやかな5月の風が吹きわたる水田を眺める老農夫のような、穏やかで優しい顔だった。遠くの夜景を見るその竹中の横顔は、とてもいい顔だと只野は思った。(続く)

(*この物語はフィクションです。)

プロジェクトK~ケニア紅茶輸入物語(第49話)

電話は竹中からだった。
「今、私もちょうど東京に来てるんです。レセプションが終わったら、ちょっと食事でもしませんか?」
「ええぇ!?と、東京に来てられるんですか?で、では、はい、喜んで-。」
神出鬼没の竹中に只野は驚いた。

東京の夜景がとてもきれいな店だった。
「乾杯!只野さん、おつかれさまでした。レセプションは如何でしたか?」
「ええ、いろんな人に会えてドキドキでした。けどいろんなおもしろい話や質問を聞けました。」
「ほほう、どんな話ですか?」

只野は自分のメモを取り出して、箇条書きそのままに読んだ。
それをじっと聞いた竹中は、
「それらのこと、すぐにやりましょう。」
と、カエルがハエをパクリと呑み込むような簡単さで言った。

「そ、そんなこと、む、無理です。で、できるわけが、あ、ありません。」
只野は森の小動物のように、おどおどとした顔で言った。(続く)

(*この物語はフィクションです。)

プロジェクトK~ケニア紅茶輸入物語 (第48話)

レセプションはさすがに華やかなものだった。ホテルニューオータニ(東京)の広い会場は、600名もの来場者でいっぱいだった。森本元首相や中山政調会長ほかアフリカに関連のある国会議員、高級官僚、アフリカ各国駐日大使、JICA尾形貞子理事長、ジェトロ渡部理事長、三手洗日経連会長ほか経済界の重鎮、ケニア関連のNGO団体ほか、多くの招待客に只野は圧倒された。知人はひとりもいずに、会場の隅でひとりぶるぶる震えた。山奥から初めて都会へ出てきたブッシュマンという感じだった。

そんな只野を、マオリ駐日ケニア大使の秘書キャスリンは目ざとく見つけ、マオリのいるメインテーブルまで案内した。マオリはやさしく只野を迎え、来場者に土産のケニア紅茶をプロデュースした只野を、居並ぶ主賓たちに紹介した。只野は顔を真っ赤にして、すっかり舞い上がってしまった。

ケニア紅茶に関する多くの質問や依頼が出た。頭の弱い只野はとても覚えきれなかった。不恰好でも愚直にひとつひとつ聞き直してメモした。そして最後にマオリとともにNGO団体の代表者の一人が只野に言った。

「現在、東京にあるケニア関連の協会の活動は活発とは言えません。広島でケニア関連の協会を設立してもらえませんか?そしてケニアの人等との交流会の企画など、日本とケニアほか海外との架け橋として、ぜひ国際平和都市「ヒロシマ」から国内外へ情報発信してもらえませんか?」
「は、はぁ…。」
只野はぼぉーとしながら答えた。

アフリカ音楽の演奏やダンス等も行われ、レセプションは大盛況のうちに閉会の時間が近くなった。そのときだった。只野の携帯電話の着信音が鳴った。その電話の声を聞いて只野は驚いた。(続く)

(*この物語はフィクションです。)

プロジェクトK~ケニア紅茶輸入物語 (第47話)

その英語の電話の主は、なんと駐日ケニア大使のマオリだった。マオリは優しい穏やかな声で話し始めた。受話器を持った只野は笑顔で相槌を打って応対した。その姿に女子社員たちはみな驚きの表情で只野を見つめた。が、只野は英語はほとんどできなかった。折り返しケニア大使館の日本人職員にその内容を聞いた。

「このたび、ケニア独立記念日のレセプションをホテルニューオータニ(東京)で大々的に行うので招待したい。ついては森本元首相、各国駐日大使、日経連会長などをはじめ、政財界のVIP600名もの出席者があるので、お土産としてケニア紅茶を購入したい。」というものだった。

只野は喜んだ。ケニア紅茶の注文が入いったからではない。ケニア紅茶との偶然な縁から、徐々に仲間がふえてきて、ケニア大使からも直接電話をもらいレセプションにまで招待してもらえるようになったからだ。出席者600名を通じて、いろいろな人がこの夕日に映えるサバンナの動物たちのシルエットのパッケージを目にしてくれることだろう。すぐにデザインしてくれた企画部の桑田に話した。桑田はちょっとはにかんでうれしそうに笑った。

レセプション当日、只野はネクタイを選ぶのに10分以上時間をかけた。が、やっぱりいつもの安っぽいネクタイを締め東京へ向かった。(続く)

(*この物語はフィクションです。)

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